高原の親友たち---ある日の妖精JujuとHal--- <第2話・後編>
Hal達は急いで森の中央にある大きな楠へ辿り着くと、
「オババ! おい、フロウオババ! いるんだろ! 顔だせって!」
リーヤが大声で叫んだ。
「なんだい。まだ耳はもうろくしとらんよ」
すぐに答えが返ってきて、木の上の方から白いフクロウが降りてきた。
この白いフクロウこそ千年は生きていると言われているオババのフロウだった。
彼女に知らない事はない。彼女ならきっとJujuが倒れた理由を知っているはずだ。
「オババ様、Jujuが大変なんです! Jujuを助ける方法を教えてください! お願いします!」
Halは必死にお願いした。
「うむ。・・・・どうやら水魔によって生気を少し奪われてしまったようじゃの」
「水魔って何だ?」
リーヤが首を傾げた。
「水に巣くう魔物じゃよ。魔物といえどたいして害はない。吸われる生気もほんの少し、疲れる程度のものじゃ。しかし、中にはたちの悪いものもおってな・・・その娘のように多量に吸われる者もいる」
「そうだったのか」
「それでJujuを助ける方法はあるのですか」
「ある。見よ」
フロウは右の羽根で3人の後ろを指した。
振り返ってフロウの指し示す先を見ると、そこには楠の倍はある木が一本森から飛び出ていた。
「あれは聖樹…」
バコタが言う。
聖樹のことはこの高原に住む者なら誰でも知っている、とても神聖な木だった。樹齢は1万とも2万ともそれ以上とも言われている。
しかし、近づくことすら許されていない場所だった。
「安心せい。これを持っておれば大丈夫じゃよ」
そう言ってフロウは小さな水晶玉をHalに渡した。
「聖樹へ行き、青い実を採ってくるのじゃ。その実を食せばこの娘も助かる。よいか、青い実じゃぞ。赤い実は毒じゃからな」
「間違えるわけないって。よし、そんじゃはやく行こうぜ!」
「そうだな。一刻もはやくJujuを助けてやらないとならんだろう」
「うん。あのオババ様…」
「わかっておる。この娘はワシが見ていよう。それと…これが一番重要なことなのじゃがこの娘を助けたいならば月が真上にあがる前に帰ってくるのじゃぞ。でなければこの娘は衰弱しきって実であっても助けられなくなってしまうからの」
3人は頷いた。
「くれぐれも実の色を間違えるでないぞ」
離れていく3人の背を見つめ、フロウは静かに言った。
3人は急いで聖樹へと向かった。
Halとバコタは空から、リーヤは枝から枝へと飛び移りながらまっすぐ聖樹へと急ぐ。
「このままだと楽勝で間に合っちまうぜ」
「このままならな」
バコタが言った。
「おいおい、何かあるっていうのかよ?」
「立ち入るのを禁止されている聖地に入るんだ、何かない方がおかしいと思わないのか?
もし、ないとしても、何かあると警戒しておいた方がいい」
「バコタの言うとおりさ。何かあってからじゃ遅いからね」
「そ、そうだよな。オレもそう思ってたって」
わざとらしく笑うリーヤ。
「っと、見えてきた見えてきた」
だがすぐに笑うのをやめると、巨大な樹木−聖樹を見上げる。
と、
『汝らは何者ぞ』
声が問いかけてきた。
「な、なんだなんだなんだ!?」
立ち止まったリーヤはきょろきょろとあたりを見回す。
「きっと聖樹を荒らす侵入者がでないよう見張っている守護者だよ」
そう言ってHalはフロウから渡された水晶玉を掲げた。
「僕たちはフロウにより聖樹の立ち入りを許可されたものです!」
『…汝らの立ち入りを許可する。ただし、聖樹に災いもたらすなかれ。聖樹を汚すなかれ。もしそれが守られねば…汝らを永遠の牢獄へ閉じこめることになるぞ』
「え、永遠…」
ゴクリとリーヤが息をのむ。
「大丈夫だよ。実だけを持ち帰ればいいんだからさ」
「一番何かしそうなのはお前だからな。見たこともない木の実を見つけたからってくすねたりするなよ」
「そ、そそそそそんなことしねえよ」
「ドモってるよ」
からかうようにHalは笑った。
「Halまで……」
地面にのの字を書き始めるリーヤ。
「いじける時間はないぞ」
「わ、わかってるって」
「よし。行こう!」
Halの言葉に、力強く頷いたバコタとリーヤ。
3人は一気に聖樹の根本まで突き進んだ。
「ひょ〜〜〜〜でっけえな〜。ババアんところの木もでっけえと思ってたのに…」
聖樹を見上げながらリーヤが言った。
Halも同じ気持ちだった。
大きい。雲にまで届きそうなくらいに。聖樹と呼ばれるに相応しい大きさ、そして偉大さ、神秘さが伝わってくる。
そして、まるで母親に抱かれているような暖かさも。
「何だか妙に気が落ち着く」
「あ、バコタもそう思った? 僕もなんだ。まるで母さんに抱きしめられたみたいな…そんな暖かさを感じる」
「そっか〜? オレはなんも感じないけどな」
「それはお前だからだろ」
「そっかそっか……って、どういう意味だ!」
「お前の想像に任せる」
「こんのぉ〜」
「まあまあ二人とも。今は喧嘩してる暇はないよ」
「すまない。そうだった。しかし…」
バコタは聖樹を見上げた。
聖樹は驚くほど緑の葉に覆われていた。まるで葉の海だ。
「この中から実を探すのは一苦労だな」
「バコタならそうかもしれねえけど、木の実取りの名人であるこのリーヤ様にかかればすぐに見つけてやるさ」
「確かにお前の木の実を見つける技は感心できる。単に食い意地が張っているだけかもしれんが」
「一言多いんだよ」
「喧嘩はだめだって。はやく見つけるためにみんなで手分けして探そう。僕は中央を探すから、バコタは左の方を、リーヤは右の方を探してほしい」
「わかった」
「任せとけって。バコタよりはやく見つけて自慢してやるぜ!」
そう言うと、リーヤは器用に聖樹を駆け上り、すぐに見えなくなってしまった。
「僕たちも行こう」
「ああ。見つけたら大声で呼んでくれ」
Halは頷いて答えると、生い茂る聖樹の葉の中へと入った。
葉の中は暗かった。
生い茂る葉の小さな隙間から薄く差し込む夕日がなければ何も見えなかっただろう。
「これは探すのも一苦労だ。けど、Jujuの為にも見つけないと・・・」
葉を押し分けながらHalは目を凝らした。
しかし、視界には葉ばかりで実なんてひとつも見あたらない。どんどん奥へ行くにつれて何も見えなくなってくる。
本当にあるのだろうか・・・。
Halの心に不安が芽生え始めたとき、
「おっしゃ見つけたーーーーーっ!!!!」
リーヤの声が耳に届いた。
「本当かい!」
「ああ! 来てみろって!」
声を頼りにHalはリーヤの元へ急ぐ。
「こっちこっち!」
手を振るリーヤを見つける。その手には青い木の実があった。
「凄いやリーヤ! さすが木の実見つけの天才だね」
「当然だぜ! これを持っていけばJujuは助かるんだよな」
「うん。じゃあ、バコタと合流してオババ様の所…に…」
Halは我が目を疑った。
目をこすってからもう一度見る。幻覚ではなかった。
リーヤの真後ろ…暗くて何も見えないそこにふたつの赤い光がともったのだ。
イヤな予感がして、
「リ、リーヤ…」
Halは後ろの何かを刺激しないよう小声で言うと、震える手で指さした。
「あん? 後ろがどうしたって…のわぁぁぁぁあ!」
後ろを振り返ったリーヤが大声で叫ぶ。
「その実をよこせぇー!!」
赤い光がリーヤに迫った。
が、驚いてバランスを崩したリーヤは枝から転げ落ちてしまい、その攻撃は空を切った。
「リーヤ!」
Halは慌てて急降下した。
転げ落ちたリーヤは葉の海を出てみるみる遠ざかっていく。このままだと地面に叩きつけられて・・・。
そう思ったとき、
「世話のやける奴だ」
葉の海から出てきたバコタがリーヤの尻尾を足で掴んだ。
「た、助かったぜ」
「ふぅ〜」
Halは額の汗を拭った。
「いったいどうした?」
「そ、そうだった! 何かがオレにおそいかかってきたんだ!」
「何か?」
「来たよ!」
Halは二人に向かって叫んだ。
葉の海から出てきた黒い影・・・それはカラスだった。ただのカラスではない。カラスよりもふたわまりも大きい。
「Hal、パス!」
そう言うと、リーヤが持っていた青い実をHalに投げた。
「え、えっと・・・」
「とにかく逃げるんだ! こっちはリーヤの奴を掴んでいるからすぐに追いつかれる!」
「わかった!」
頷いて、Halは生い茂る葉の海へと入った。奥へ奥へと突き進む。
あの大きなカラスではここまでは葉が邪魔でこられないだろう・・・そう思っていたが、
「その実はオレ様のものだ!」
葉をものともせずカラスが追いかけてきた。
「この実は渡さない! これはJujuを助けるのに必要なんだ!」
Halはさらに加速した。
小枝などで服は破れ、薄く肌が裂けても速度を下げない。下げれば実は奪われ、Jujuが助けられなくなる。それだけは絶対にあってはならないことだ。
「Hal―――――っ! こっちだ―――――っ!」
リーヤの声だった。
Halは声が聞こえた方へと向かい、葉の海から出た。
後に続いてカラスも飛びだしてくる。
「そんなに実がほしけりゃくれてやるよ!」
そのカラスめがけてリーヤは木の実を投げた。
大きく口を開けてカラスは実を飲み込む。
とたん、
「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁあ! な、なんだ・・・何を食わせたぁぁ!」
激しく苦しみだすカラス。
「実は実でも赤い実さ。ババアが赤い木の実はダメだって言ってたからもしかしたらって思ってね〜」
「ぐ、ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
力を失って地上へと落下していくカラス。そのまま木々の中に姿を消し、二度と出てくることはなかった。
「勝利! さすがオレだぜ!」
「まったく。そのおかげでこっちはボロボロだ」
バコタがため息をもらす。
葉の海を急いで飛んだためか羽が所々乱れていた。
「そんなことよりもHal、急ごう。月もけっこう高い所まで来ている」
言われてHalは空を見上げる。
いつの間にか夕日は完全に沈み、丸い月が上がっていた。
「うん」
力強く頷き、HalはJujuの待つ楠へと向かった。
しかし、3人は実を探し、さらにカラスとの戦いで疲れ果てていた。
楠まで半分という所で、まずリーヤが倒れた。
「リーヤ!」
「す、すまねえ。…もう体動かねえから、お前達は先に行ってくれ」
「馬鹿な事を言うな。お前がいなかったらJujuが心配するだろうが」
「二人で運ぶよ」
Halとバコタは頷き合い、二人でリーヤを持ち上げ、再びJujuの待つ楠へと向かう。
けれども、数分後にHalとバコタも力つきてしまった。
倒れた拍子に青い実がHalの服からこぼれ落ちる。
「Juju…」
実を掴み、空を見上げる。
月はほぼ真上まで来てしまっていた。
「行かなくちゃ…」
「ああ。行かなくては…」
「Jujuを助けるんだよ…」
3人は必死に起きあがろうとするがそれは叶わなかった。
月がゆっくり…ゆっくり真上へと…。
三人は悔しくて涙をこぼした。
「Juju…」
3人は同時に名前を呼ぶ。
と、
『聖樹を忌まわしき存在から救いし者達よ…』
3人の耳に守護者の声が届いた。
『そなた達に感謝を。そなた達に褒美を。さあ、頭に思い浮かべるがいい。いまそなた達がもっとも叶えたい願いを…』
3人は願った。
『Jujuの元へ』と。
3人の体が眩い光に包まれる。
そして、その光がさらに増した直後、彼らはJujuの前に立っていた。
「え…Juju?」
「俺達は……戻ってきたのか?」
「そ、そうみたいだ…よな?」
3人は互いに顔を見合わせる。
「お主らは何を呆けておる! 月が真上に来てしまうぞ!」
フロウの声にHalはハッと我に返り、握りしめていた実をJujuの口に入れた。
2,3度口が動いて飲み込まれる。
3人はじっとJujuの様子を見守った。
「ん…あれ? 3人とも何でボロボロなの?」
目を開けたJujuは微笑を浮かべた。
「やったーーーーーっ!」
3人は一斉に飛び上がった。
「うむ。よくやったぞ」
フロウは笑顔で何度も頷いた。
「オババ様。 あの私はいったい…」
「お主は水魔によって多くの生気を奪われてしまったんじゃ。そのお前を助けるためにあやつらが頑張った…そういうことじゃよ」
Jujuは3人をもう一度見た。
Halもバコタもリーヤもボロボロだった。
きっと大変だったに違いない。けれども自分を助けるためにあんな姿になっても頑張ってくれだのだ。
そう思うとJujuの目から大粒の涙がポロポロこぼれた。
「Juju、どうしたの?」
涙に気がついてHalが顔をのぞき込んでくる。
「まだどこか苦しいところがあるのか?」
「おいおいおい、大丈夫かよ?」
「大丈夫。どこも痛くないし、苦しくないよ。とても嬉しくて。・・・私の為にそんなボロボロになるまで・・・頑張ってくれたんだなって」
涙を零しながら、それでもJujuは笑顔を浮かべた。
「みんな、ありがとう!」
3人に向かって飛びつくJuju。
フロウはその様子を静かに見守っていた。
そして、誰にも気づかれないよう小さな光が遠ざかっていく。
『汝らに祝福あれ。汝らの絆・・・永遠であれ』
おわり
vive様のサイトのキリ蕃を踏んで、書き下ろしていただいた小説です。
vive様、本当にありがとうございました。
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